Profile
岩城 穂乃花 honoka iwaki
1992年富山県生まれ、京都在住。
写真家、書家、なにものでもないひと。
写真と書、身体とこころ、混ざりあうあわいを見つめ、
そこから浮かびあがる感覚、奥底に潜む思考を行き来しながら、
自在なかたちで表現している。
個展
2025 「ゆらぎのなかに星をみている」(大阪/HILL TOP GALLERY)
2025 「なにものでもないひかり 星々をつないで」(福岡・北九州/café à table)
2025 「『bright blank』 写真と、ことのは展」(和歌山/かみつれ文庫)
2024 「なにものでもないひかり」(京都/クサカベギャラリー)
グループ展
2025 「Voyageurs et lumière」(大阪/HILL TOP GALLERY)
2024 「シ ン ソ ウ」(京都/ギャラリー八角)
出版
2025 「途歩」(私家版/担当:写真撮影・題字デザイン)
2024 「bright blank」(私家版)
自身の表現について
2025年 個展「ゆらぎのなかに星をみている」ステートメントより
好きで続けてきた、写真と書。
それがいまは自身の表現の手段にもなっていて、かたちに表すそのものもですが、
それらに関わる道具 (カメラ、筆など) やそれを扱う自身の身体やこころを交わらせること、
そこから結びつく思考にも意識を向けています。
写真と書の近しさについては、 さまざまな捉え方ができるでしょうけれど
私が見出している大きな共通項のひとつは「時間性」を感じさせること、だと考えます。
写真は、目の前の景色、そして時間を記録するもの( と、ここではあえてそう言います ) で、
撮影には「シャッタースピード」という要素が関わります。
シャッターをどのくらいの速さで切るのか。 それによって、切り取ることのできる “一瞬” の長さが変わります。
その “一瞬” という時間の解像度を もう少し上げてみようと試みたのが、今回展示している写真たちです。
あえてシャッタースピードをゆっくりにして、
風によって揺さぶられる存在、水がやわらかく変容する姿、その “一瞬” を、ほんの少し、長く見つめてみました。
そして、そのような撮り方をすると、 レンズの向こうの存在だけでなく、
カメラを持つ私という身体(またそれはこころと繋がっているとも言えるかもしれません) の
微かな揺れ、つまりはブレも記録されます。
写真を撮るにあたり、一般にブレは御法度、でしょうけれど、生きている存在どうしが向かい合い、
そこに流れる時間を残すこと、その手段としては、これが適切だったのです。
果てのない流れと対峙する、身体とこころを持つ私という存在。
それらの揺らぎの重なりから、どんな景色がうまれるのか、その揺らぐ瞳で、みつめていただけましたら。
一方、書はまさしく「時間性」と密接なつながりを持つものです。なによりも、その不可逆性です。
線の始まりがあり、終わりがある。 一度書いた線が、同じところを辿ることはなく、 元に戻すこともできません。
自分の中に実感を持ってあり続ける 過ぎゆく時間はもとに戻らないという感覚は、
書に関わり続けているからこそ、知らず知らずのうちに染みついているようにも思えてきます。
生きていることは時間そのものであり、 だからこそ、かたちあるものよりもかたちなきことに自身が惹かれてしまうのは、
そのような感覚に自然とそう思わせられているのかもしれません。
今回は、どこにも文字を書いてはおらず、目に見える限りでは “書道” 的な表現の作品を制作したという訳ではありませんが
一部の作品においては、目の前の景色と時間を捉えた写真に、
“筆を使って「かく」( 書く、描く、そして掻くかもしれない )” という行為、
つまりは私の生きている時間を重ね合わせることで、 写真で表せる景色を超えた新しい光を見出せないかと試みました。
また、書は極めてアナログなプロセスの集合体です。
紙、墨、筆に触れること、その質感を確かめること、 筆先を介して身体で紙の奥行きを探り調整すること、
このやりとりを通して育まれた触覚の感覚も、自身の表現におけるアイデンティティのひとつであり、
身体を持って生きるひととして忘れてはならない重要な感覚であるとも思っています。
写真と書という、自身が持たせてもらった表現の手段、 それぞれが持つ特性、
そこから導き出された自分なりの思考が混ざりあう部分を探りながら表したのが、今回の展示です。
生きているものどうしの交わりを、そして生きている私のなかの混ざりあいを散りばめたこの空間で、
今度はあなたという存在との交点を見出せることを嬉しく思います。
ゆっくりと、ゆらぎのなかに、あなたの光をみつけてください。